シーン191:「『木曜組曲』と8年間」

お当番 : りょーじ

 8月5日、無事に第17回公演『木曜組曲』が終演いたしました。 ご来場いただいた皆さま、公演に関わっていただいた皆さま、 あるいは、公演を気にかけて下さった皆さま、大変ありがとうございました。

 本作『木曜組曲』は、もともと1999年に恩田陸さんの小説として生まれました。 小説が2001年に映画化され、その後、劇団朋友さんをはじめとした 全国の劇団さんや高校演劇部の皆さんが、舞台用に台本を起こして公演をしています。 我々シブパが公演する4か月前の4月にも、兵庫県の劇団さんが舞台用に台本を起こして、 公演していました。

 私が本作に出会ったのは、2004年の12月27日の深夜でした。 確か呑み会終わりか何かの理由で帰宅が遅くなり、ぼんやりとテレビを点けたら、 26:25-28:30という深い時間帯にも関わらず、びっくりするような豪華なキャストで、 面白そうな映画がやっていたのです。それが映画版『木曜組曲』でした。 鈴木京香、原田美枝子、富田靖子、西田尚美、加藤登紀子、浅丘ルリ子という そうそうたるメンバーにも関わらず、何でこんな深夜にやってるんだ? と不思議に 思い、目を奪われました。5分もするとその理由がわかりました。 あっ、これ舞台向きだ。そうです。映画でやっているくせして、 映画向きではない作品内容だったのです。映画向きではないといってしまうと 関係者皆さまに申し訳ないのですが、「女6人による場面の変わらない会話劇」となれば、 舞台向きと思わない演劇関係者はいないでしょう。何なら恩田陸さんご本人も 「舞台ならわかるけど、映画化のオファーが来てびっくりした」と 文庫版あとがきで述べていらっしゃいます。
 かくして内容は進み、ラストまで観終わると、エンドロール・クレジットの監督の欄に 「篠原哲夫」監督のお名前が。篠原監督と言えば、群馬県民の映画好きな皆さまなら ご存知、中之条の伊参スタジオで撮影された『月とキャベツ』(山崎まさよし主演)の 監督さんです。そんなちょっとローカルな、マニアックな群馬繋がりも感じて、 「これ、シブパでやりたいっ!」と早速、思っていました。
 で、その日から私の『木曜組曲』調べが始まりました。

 まずは原作小説の買い出し。次に舞台版台本の調査。並行して映画版台本の入手。などなど。 と、実に今回の芝居の構想は、8年前から始まっていたのです。 それから、じっくりとゆっくりと世に出すタイミングをうかがっていました。 恩田さんに原作使用許可をいただけたのが今年の1月、 実際に脚本が出来上がったのは今年の3月末ですが…。 台本の出来は別にして、それほど思い入れがあった作品だったのです。

 お客様の中に、「映画版、劇団朋友さん版、いずれも観ています」という方が いらしてくださいました。おそらく、それぞれの作品の良さを観ていただいた上での、 劇団シブパらしさ あるいは 森田亮二テイストを感じていただけたことと思います。 「8年かけてこれかよ…」「映画の方がいいな…」「小説の方がいいな…」 「朋友さんの本の方がいいな…」「他劇団の公演の方がいいな…」 もちろん、批判 あろうかと思います。その全てを真摯に受け容れ、さらなる 芝居創りの糧にしていきたいと思いますし、そうしていくことをお約束します。 また、あるお客様は「小説を読んでみたいと思いました」と言ってくださいました。 そしてまたあるお客様は「映像ではできない回想シーンの見せ方や ラストの5人の見せ方がキイていました」と言ってくださいました。
 劇団シブパは既存の台本を行うことが多いのですが(というか、これまでの全作品 既存の台本)、今回のように小説を好きな方や映画を好きな方、恩田陸さんを好きな方が、 何かしらのシブパの作品の「味」みたいなものを持って帰っていただけたことは、 単純に「嬉しいな」「やってよかったな」と思える要因になりました。
 シブパの基本理念「娯楽としての演劇の地位向上」をこれまでと違った角度から、 展開できたのではないかなと、自己満足の範囲ではありますが、そう思うのです。

 このコラムを書き上げることで、私の中の『木曜組曲』は一区切りします。 8年間付き合った作品とのお別れは大変つらい、あるいは 物悲しいものですが、 作中の5人(あるいは 4人)が重松時子との別離に感じたそれのように、 私も『木曜組曲』の呪縛からやっと解放される、という想いもあります。 そしてこの別れが、次の作品創りの養分となり、成長と収穫につながるのだと思います。

 この度は、劇団シブパ第17回公演『木曜組曲』にご来場いただき、 誠にありがとうございました。再び、劇場でお会いできる日を、楽しみにしております。


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