シーン208:「さくらの花の咲くころに」

お当番 : しんご


渡辺美里の『卒業』が聴きたくなる季節になりました。
“花”という言葉が桜を指す、例に違わない曲。
満開に咲き誇る頃よりも、はらはらと散り始める頃の桜が好きな私は、 この時期になると無性にこの曲が聴きたくなります。

音楽に限らず、景色や場面など、桜の花に彩られた忘れられない思い出を持つ人は 多いのではないでしょうか。
それは、桜が別れと出会いの季節に咲く花だからなのでしょうか。

私の中で大切な思い出となっている景色のひとつは、貫前神社です。
今でも鮮やかに思い出されるのは、桜の名所という訳ではないその場所で、 鳥居の脇に立つ一本の桜の姿です。

貫前神社へは子供が生まれた頃から毎年初詣に行っていました。
数年前の病気を患った翌年の元日も、それは変わりませんでした。
その際、無事に新年を迎えられたことへの感謝と併せ、半ば自分自身に言い聞かせるように 唱えました。
「子供たちが育つ姿を、これからも見守っていけますように。」

やがて、長男が保育園を卒園する日を迎えました。
無事に卒園式を終えたその夜、謝恩会を一次会のみで引き上げ、 気がつけば一人車を走らせていました。
向かった先は貫前神社。
卒園する姿を無事に見守れたことへの感謝を伝えたくて。
参拝を終えて鳥居をくぐると、そこには月明かりに照らされて夜空に 淡く浮かぶように咲く桜がありました。
春が訪れる度に咲き続けていこうとする強さを、その姿に見た気がしました。

「ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ」
という歌が古今集にありますが、まさに“花”という言葉で表された桜が散り行く そんな情景に、悲哀や哀愁を感じる人が今日でも多いように感じます。
しかし、私はそこに浄化や再生を感じるのです。
生まれ変わりのはじまりを見るように思うのです。
別れではなく、新たな出会いの象徴のように。
だからこそ、桜舞う光景が好きなのかもしれません。

「今、咲き誇る 刹那に散りゆく運命と知って」
と歌う、長男が生まれた日にオリコンチャート1位になっていたサクラソングは、
「ただ舞い落ちる いつか生まれ変わる瞬間を信じ」
と続いてるのです。


思い出や記憶の在り方を見つめる、そんな作品を創りながら。


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