主宰よりご挨拶


 桜が美しく散る頃ですね。お元気ですか? 劇団シブパ代表、赤石マサエです。

 さて。
 劇団シブパの素となる、演劇ワークショップを始めたのは、今から17年前、1999年3月のことでした。 高校で一緒にお芝居を創っていた先輩、小菅信吾が、私が高校を卒業して東京に行くときに 「赤石、大学卒業して群馬に戻ったら、一緒に劇団やろう」と言ってくれてから四年後のことです。

 待ち合わせ場所となったファミレスに集まったのは、お芝居をやるには程遠い未経験者が大半でした。 早くお芝居を創りたくて仕方なかったけれど、まずは、この人たちとお芝居を創ることができるようにならなければ、 という思いでワークショップを始めたのです。

 そこでは、体作り、発声、表現といった演劇の基礎だけでなく、 メンバー各々との信頼関係を築くことを目的としたものも、多く取り入れました。 おかげでシブパは、『何があっても、必ず仲間が受け止めてくれる』という気持ちだけを頼りに、 公演まで走りきれる劇団になりました。

 正式に劇団として発足後も、それは、最も重要な劇団の根幹となっています。 新入団員を決めるときも、お芝居を良く知っているか、演技が上手いか、スタッフワークに長けているか、 ということは全く気にかけません。それよりも、シブパの一員として、団員同志信頼し合い、 同じ方向を見て走っていける存在になれるか、というところを大事にしてきました。 「私が大切にしているものは、あなたにも大切にして欲しい。 あなたが大切にしているものは、私も大切にしたい。」その気持ちを共有できる仲間と創った作品は、 きっとお客様にも届くものになると信じています。シブパを始めた頃から、今もずっと。


 シブパには、リスタートが必要なのではないかと、何年か前から感じていました。 私は、劇団シブパが好きで、この劇団で永くお芝居を創っていきたいと思っています。 手前味噌になりますが、シブパの良いところは、決まったテイストがないところです。 劇団を発足させる話し合いをしていたとき、「この劇団のベクトルは、どういう方向を指しているのですか?」 と質問した人がいました。その時は、そんな事は考えてもいなかったのでドキリとしましたし、 方向性というものを持たなければいけないのか、とちょっと悩んだりもしました。 けれど、今となっては、「毎度違った顔を見せる劇団」と理解されるまでになったように思います。 劇団に演出家が3人いるのも強みです。
 そういうところから見ると、シブパは『劇団シブパ』として、確立した存在になれたのではないかと思います。 そんな今だからこそ、リスタートできると思うのです。

 組織には、時として新陳代謝が必要です。ということで、赤石マサエ、 この度劇団シブパの代表を降りることにしました!(やっと本題にたどり着きました…) 今後は、シブパ発足時からの思いを深く理解してくれている、森田亮二が「主宰」として 代表を引き継いでくれます。赤石は、引退宣言を方々でしておりましたが、そんなことできそうもありません。 だって、お芝居なしには生きていられませんから。 これまで以上に、自由なペースでシブパにいることになると思います。

 今まで劇団シブパを応援してくださったお客様、シブパに関わってくださったすべての皆様に、 心より感謝申し上げます。シブパは、森田新主宰の下、今までの流れを絶つことなく、シブパであり続ける為リスタートします。 次回公演は、「どこか新しい、でもやっぱりシブパ」な作品になることでしょう。

 皆様、どうかこれからも、劇団シブパを見守ってください。よろしくお願いします!

 では、また劇場でお会いしましょう。


 「りょーじ、バトンターッチ!」


劇団シブパ
元代表 赤石マサエ



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