新主宰よりご挨拶


 赤石マサエから、「主宰」という重すぎるバトンを託されました。 劇団シブパ・新代表、森田亮二です。役者その他の時は「りょーじ」、 演出の時は「森田亮二(もりたりょうじ)」表記で活動しています。 今回に主宰就任に伴い、文字表記については近日中に更新しようかと考えております。

 さて。
 劇団の素となる、演劇ワークショップに参加したのが、今から17年前、 1999年のことでした。当時、プライベートその他で多くの時間を共有していた 友人、若野大地が「知り合いが劇団始めるんだけど、興味があったらどう?」と 誘ってくれたのがきっかけです。

 その後の展開は急速でした。若野氏と共通の知り合いだった、ひきだ☆みゆき、 ワークショップ参加と同時期に始めたボランティア活動の同士としても親しくなる 小菅信吾、瀬山和美、み〜やと立て続けに知り合うことになりました。
 そして、大津恵子、赤石マサエとの出逢い。

 演劇に関してずぶの素人だった私は、演劇のことを一切わからずに、ただただ 友たちに促されるまま入門し、主宰・演出の意志に追いつこうと思う一心で稽古を 重ねました。おかげで私は、2年後の2001年2月 『何があっても、必ず仲間が受け止めてくれる』という気持ちだけを頼りに、 初舞台を踏むことができました。劇団シブパの旗揚げ公演『トランス』でした。

 主宰として私が劇団に何ができるかはわかりません。ただ私は、 今いる劇団員の誰よりも、赤石マサエ・小菅信吾と共に時間を共有し、話し合い、 芝居創りをしてきました。17年間。その時間は、あるいは、それぞれの家族との 過ごしてきた時間よりも永く、濃密な時間であったかもしれません。
 主宰として私が劇団に何ができるかはわかりません。ただ私の中には、 その時間が生きています。冗談でよく言うのです、 「森田亮二の成分の3分の1くらいは、赤石マサエと小菅信吾からできています」と。 でも、本当にそれぐらい、あるいは、それ以上の私の人生の比重を占めています。 それだけを自信に、誇りに、これから劇団の主宰を引き継ぐ覚悟があります。


 シブパには、リスタートが必要なのではないかと、 何年も前から赤石マサエは言っていました。第4回公演を終えた後のミーティング のことでした。それまで演出をしていた赤石・小菅が仕事・家庭の事情が重なり 演出ができず、状況改善を待っていると次回公演まで2年程度時間が空いてしまう、 ということでした。他の劇団さん、特にシブパと同時期に発足した劇団さんが 自然消滅していってしまうというケースをそれまでの経験から見知っていた私は、 単純に「マズい!」と察しました。演劇経験が浅く、自信などは皆無でしたが、 演出に立候補しました。この仲間たちと真剣に向き合える場所を失いたくなかった からです。それ以降、劇団シブパは3人の演出を擁する形で、何度も作品を創り、 何度も危機を乗り越えてきました。
 そういうところから見ると、シブパは『劇団シブパ』として、確立した存在に なれているのではないかと思います。そんな「今」に自信がもてるから、 赤石マサエの提案する「リスタート」を受け容れ、立ち向かえる気にもなれました。

 組織は「人」です。箱ではありません。人が変われば組織が変わります。 これから「赤石マサエが引っ張らないシブパは面白くない」と 言われること、思われることもあるでしょう。ですが、だからこそ、今私は ワクワクしています。「どう期待を裏切ってやろう」、そう演出の血が騒ぐのです。

 これからの劇団シブパに出逢う皆様、楽しみにしていてください。森田新主宰と 共に歩き、時に走るシブパは、今までの流れを絶つことなく、シブパであり続ける為 リスタートします。次回公演は、「どこか新しい、でもやっぱりシブパ」な作品に してみせますよ。

 皆様、どうかこれから、一緒に劇団シブパと共にお芝居を完成させて下さい。 観に来てください。演劇は、お客さんがいて初めて成立する総合芸術ですから。

 では、また劇場でお会いしましょう。


 「マサエちゃん、しかと受け取った!」


劇団シブパ
新代表 森田亮二



back          next